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アートが拓く知的創造の世界に参加しよう|山極壽一(総合地球環境学研究所・所長)

コラム/column 2025-09-01
山極壽一プロフィール写真

山極壽一(総合地球環境学研究所・所長)

今、大阪ではEXPO2025と連携して「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」が開催されています。「ソーシャルインパクト」をコンセプトに、24の国と地域から100組以上のアーティストが参加して、大阪各地で展覧会や万博会場内で13か所にパブリックアートを展示しています。この取り組みはクリエイティブ・エコノミー(文化芸術、デザイン、広告、ファッション、ソフトウェア等、知的財産を基盤とする産業)を次代の基幹産業と捉え、スタートアップ向けのビジネスコンテストや支援プログラム「StARTs UPs」を実施し、新たな雇用や事業創出にもつなげる、これまでにはない野心的な試みです。ぜひ、どこかの会場をのぞいていただきたいと思います。

船場エクセルビル企画展「Re: Human ─ 新しい人間の条件」より
作品 シュウゾウ・アヅチ・ガリバー《甘い生活/乙女座》

 

そもそも、アートは人類が言葉で世界を理解しようとするずっと前に登場しました。いや、人類以前から存在したと言っても過言ではありません。
クジャクの羽を例に出すまでもなく、ライオンの鬣やゴリラの白銀の背など、哺乳類や鳥類のオスには派手な色彩や形を持つ外観が備わっています。これらは、目立っていても外敵にやられずに健康であるオスの強さのアピールとして、メスに選択されてきたことを示しています。しかし、これらは取り外すことのできない特徴です。人間はそれを取り外しの効く衣装として創造したことがアートにつながったのではないかと私は思っています。

 

人類が最初に手にした人類らしい特徴は直立二足歩行でした。立って歩くことは自己主張でもあったはずで、その後に現れた様々な石器はやがて左右対称の美しい形になっていきました。中には使用痕のない石器もあり、これらはシンボルとしての機能を持つようになったと考えられます。

 

人類の脳は200万年前にゴリラの脳サイズを超えて大きくなり始めますが、これは集団規模の拡大と同期していたと言われています。つまり、仲間の数が増え、活動範囲が広がる中で、そこに無いものを想像する力が増加し、見えない世界を解釈したいという欲望が強まったのです。アートの制作もこのパラレルワールドへの願望を反映していると思われるのです。

言葉の発明と脳容量の増大は関係ない

 

 言葉は7~10万年前に登場し、大きな認知革命を引き起こしました。重さがなく、どこにでも持ち運びできる言葉は、遠くにあって見えないもの、すでに起こってしまって体験できなかったことを伝えることができます。しかし、言葉は論理的・抽象的で多くのものを削ぎ落とすので、想像によってそれを補うときに誤解が生じます。アートも言葉と同じように今ここには無いものやことを伝える機能を持ちますが、それを具象によって非論理的に伝えるために、驚きや気づきが生じるのです。

《言葉がもたらしたもの》

見えないものを見せる
重さがなく、持ち運び可能
名前をつけて分類する
違うものをいっしょにする
物語を作り、共有する能力
架空なものを描く能力

 

 つまり、アートも言葉も自分が不在の世界を示し、想像力や創造力をかきたてるのですが、それぞれが違う機能を持っている相補的なコミュニケーションなのです。言葉の世界でAIが進化しているように、アートも目覚ましい発展を遂げています。さらに、世界では現代アートが牽引する第2のジャポニスムが広がりを見せ、韓国をはじめとするアジアのアートに注目が集まっています。

 

実際、「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」でも、アジアの新進気鋭のアーティストが多数参加しました。芸術祭の中で7月に開催されたアートフェア「Study × PLAS : Asia Art Fair」は、韓国のギャラリーPLASとの共同開催によるもので、韓国からは約40軒ものギャラリーが訪日し、その熱気を大阪に届けてくれました。

アートフェア「Study × PLAS : Asia Art Fair」の様子

 

また、プロダクション・ゾミアがキュレーションした展覧会「喫茶あたりや:まえとうしろ、まんなかとすみっこ」では、西成の長屋を舞台に、ミャンマーやベトナム、台湾からアーティストが訪れ、現地で作品制作を行うことで独自の場が生み出されています。ぜひそれを会場で味わってください。

「喫茶あたりや:まえとうしろ、まんなかとすみっこ」より
ミャンマーのアーティスト、ソウチャン・トゥーサン(Saul Chan Htoo Sang)の展示