国際展と多文化主義|建畠 晢 (美術評論家・詩人)

大阪・関西万博の会場内で展示されているパブリックアート作品
檜皮一彦《HIWADROME: type_ark_spec2》
建畠 晢
(美術評論家・詩人)
大大阪という言葉がある。大正期末に周縁町村を編入し、人口二百万を超えて東京をしのぐ大都市になった時期にそういう通称が生まれたらしい。戦後、1964年の東海道新幹線の開通以降は東京一極集中が進行し70年の大阪万博を除けば往時の勢いが見られなくしまったが、今回の大阪・関西万博は、予想を上回る観客を動員しているようだから、久方ぶりに大大阪の存在感を示したといえそうである。
さて大阪関西国際芸術祭の会場は、その万博会場を中心に11か所に分かれて開催されている。急いで見てまわっても丸2日はかかる規模であって、展示空間の条件も企画内容も、会場ごとに異なっているから、それぞれに自立した展覧会の集合体のような芸術祭といってもよい。万博会場の13点はいずれも屋外作品だが、他の会場は屋内であり、それもホワイトキューブ的な展示スペースからオフィスビル、町屋など多種多様で、周囲の環境や歴史も含めてそれぞれの特質を対照的に浮かび上がらせている。巡り回れば、自ずとあちこちで大大阪ならではのユニークな “アートのある光景” に出会うことになるのだ。
大阪・関西万博の会場内で展示されているパブリックアート作品
奥中章人《INTER-WORLD/Cocooner:Apparent motion of celestial bodies》
この芸術祭には「Study」というタイトルが付せられている。さまざまな意味を託しうる言葉だが、私なりに解釈すれば都市の現実の中に挿入されたアートの在り方についてのスタディーであり、地域社会の活性化にアートがどう寄与するかのスタディーであり、また市民のコミュニケーションのツールとしてのアートのスタディーでもあるだろう。まずはそんな期待を抱きながら会場に向かった。
スタディーとしてもっとも魅せられた会場は、なんといっても西成地区であった。同地区の釜ヶ崎はかつては日雇い労働者が住むドヤ街であり、度々暴動が起きたことでも知られるが、高度成長期には大阪万博などの土木工事を支えることにもなった。バブル景気の崩壊後は、高齢の生活保護受給者が多くなり、近年は外国籍の労働者が増加しつつある。この芸術祭は2022年の立ち上げ当初からこうした背景をもつ西成におけるアートの実践を紹介してきたという。
詩人の上田假奈代氏が運営するココルーム
2012年に詩人の上田假奈代が立ち上げた釜ヶ崎芸術大学は、街そのものを大学に見たてて、アートから日常生活にいたるさまざまな分野の活動が展開され、地域住民や旅行者たちが自由に集う、地域コミュニティの核をなしてきた。芸術祭巡りで訪れたに過ぎない私のような者も、単なる観客というわけではなく、その雰囲気の中に受け入れられ、賑やかな展示を見て回ったり、みんなと食事をしたりしてひと時を過ごすという、アンチームな時間の流れを体感することになったのだ。
森村泰昌(美術家)+坂下範征(元日雇い労働者、釜ヶ崎芸術大学在校生)による「Our Sweet Home」
「詩人の部屋〜谷川俊太郎が書き、あなたも書く部屋」
中心となる建物の小さな庭には自分たちで掘った井戸があり、階上では谷川俊太郎の部屋や森村泰昌と地元の方とのコラボレーションの部屋が公開されていたのも興味深い。運営するココルーム(NPO法人「こえとことばとこころの部屋」)は寄る辺のない孤独な人々に寄り添い、共に歩んできた。激変しつつある都市の最中にこんなあたたかな居心地の良い時間を創出しうるのだと知ったことは、私にとっても他では得難いスタディーであった。
山王ハモニカ長屋「喫茶あたりや」
釜ヶ崎の近隣の山王ハモニカ長屋の「喫茶あたりや」も注目に値する。ハモニカ長屋はこの地から姿を消しつつあるが、100年ほど前に建てられ温存されている山王ハモニカ長屋の喫茶店は、文字通りハモニカのように細かく区切られた一軒の一階にあり、カンパ制で運営され、町の住人や滞在するアーティスト、旅行者などとの出会いの場として展開されている。また2階はアジアを対象としたアーティスト・イン・レジデンスになっている。
ここで記しておかなければならないのは、いわゆる国際展における多文化主義の問題である。国際展という場は、国内外の同時代の美術に触れる機会であると同時に、さまざまな国や地域から来たアーティストたちが集って意見を交換し、また滞在して制作、発表することを通じて地域住民とも交流する機会をも提供する。
単一民族、単一言語に近い状況を長く続けてきた日本も、好むと好まざるとにかかわらず近年急速に外国籍の人口が増大しつつあり、多文化主義をどのように軟着陸させるかが大きな課題になってきている。多文化共生社会というお題目を口にするのはたやすいが、実態としては民族、言語、宗教、習慣の違いなどが地域住民とのシリアスな軋轢を生んでいる例が少なくない。多文化主義を受容するには、肯定的な面に目を向けると同時に、それが引き起こす難問にいかに対応するかという方策がセットになっていなければならないのである。
国際展の開催意義の一つは、その点にあると思われる。私たちと異なった文化圏から来たアーティストたちと直接に親密なコミュニケーションを交わすのは難しいだろうが、しかしその場に作品が介在するならば融和的な接点が見出せるかもしれない。あるいはビジュアルな表現の異質性にポジティブな興味がわくかもしれない。フランス近代の詩人、ボードレールは諸民族の美術を展示する美術館の価値を“議論をせずに喜びを分かち合あう”ことにあるとしたが、国際展にも同様なことをいうるのではないか。
多文化共生社会とは均質性を目ざすのではなく、異質性に対する寛容さと融和を目ざすものでなければなるまい。言うは易しだが、しかし国際展とはそのような異質の世界への関心をもたらすための先駆的な役割が期待できるように思うのである。
大阪関西国際芸術祭が西成地区を会場としてきたのは、そのような意味においても高く評価されるべきであろう。もちろん「多様なる世界へのいざない」を掲げる万博会場、「東西南北、文化の交差する町」をうたう船場エクスビル会場などにおいても、同じ意図は通底しているに違いないのだが。
建畠 晢
1947年京都生まれ。早稲田大学文学部卒。
新潮社「芸術新潮」編集部、国立国際美術館主任研究官、多摩美術大学教授、国立国際美術館長、京都市立芸術大学長、多摩美術大学長。埼玉県立近代美術館、全国美術館会議会長などを歴任。1990年、93年のベネチア・ビエンナーレ日本コミッショナー。2001年の横浜トリエンナーレ、2010年のあいちトリエンナーレ芸術監督。現在は京都芸術センター、草間彌生美術館などの館長をつとめる。
美術評論集に『問いなき回答』、『未完の過去』。詩集に『余白のランナー』(歴程新鋭賞)、『零度の犬』(高見順賞)、『零度の犬』(萩原朔太郎賞)など。
【西成会場の展覧会情報はこちらから】
あきらめへんで。釜ヶ崎アートセンター〈ココルーム〉
喫茶あたりや:まえとうしろ、まんなかとすみっこ〈山王ハモニカ長屋〉
リサーチプロジェクト「後継者問題(仮)」〈kioku手芸館「たんす」
EXPO PLL Talks アート & インパクト:イノベーターと共に考えるアフター万博の世界 vol.07
【日時】2023年12月23日(土) 17:30~18:30
【開催場所】ナレッジキャピタル コングレコンベンションセンター(グランフロント大阪 北館B2F/大阪府大阪市北区大深町3−1)
【登壇】 建畠 哲 氏(美術評論家、詩人、全国美術館会議会長) 鈴木 大輔 氏(株式会社アートローグ 代表取締役CEO)
【主催】公益社団法人2025年日本国際博覧会協会、株式会社アートローグ
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