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河瀨直美 監督、登壇!EXPO PLL Talks
「アート&インパクト:イノベーターと共に考えるアフター万博の世界」vol.9

第9回目となるEXPO PLL Talks「アート&インパクト:イノベーターと共に考えるアフター万博の世界」では、ゲストに映画監督の河瀨直美 監督をお招きいたしました。
河瀨監督は、2025年大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー、兼シニアアドバイザーに就任されています。「先人が残してくれたもの、今私たちがすべき対話、その後に続いていく未来をどう描くのか。」河瀨監督が映画を、そして万博を通じて伝えたいメッセージを伺いしました。
また、当日は開催直前だった「なら国際映画祭2024」についてもお話しくださいました。

映画監督・河瀬直美が語る「生きること、撮ること、育てること」

Q1. カンヌでの鮮烈なデビュー作『萌の朱雀』は、どのように生まれたのですか?

27歳のとき、私は奈良でひとり、自主映画を作り続けていました。専門学校で講師をしながら、年収150万円の中で100万円を貯め、食事も洋服も我慢してすべてをフィルム代に充てていました。外食なんてとんでもない、カツをかけたごはんがごちそうという日々。そんな中で、「誰にも頼らず、でも世界に届く映画を作る」と心に決めていました。

そして撮影監督・田村正樹さんが、私の手書きの脚本をWOWOWに持ち込んでくれました。田村さんは私が心から尊敬する、成田空港建設反対闘争などのドキュメンタリーを撮っていた方。その田村さんが「お前の次の作品は俺が撮る」と言ってくれたことが、人生の転機になりました。

資金は約3,000万円。私にとっては「家が建つ金額」。人生で見たことのない大金でしたが、全部映画に注ぎ込みました。完成した『萌の朱雀』は、ロッテルダム国際映画祭に招かれ、そこに居合わせたカンヌのディレクターの目に留まり、カンヌ映画祭の「監督週間」のクロージング作品として正式招待。しかも新人監督賞(カメラ・ドール)を受賞するという出来事が起こりました。

それは本当に突然の出来事で、私自身、カンヌが何かもわかっていなかったほど。千円のセーターから、ドレスに着替え、レッドカーペットを歩くことになったのです。帰りはエコノミーで、膝にトロフィーを抱えて奈良へ戻りました。それが私の、世界との最初の出会いでした。

Q2. 映画監督であり、プロデューサーも自ら担い続けている理由とは?

『もがりの森』を制作するにあたり、私ははじめて本格的にプロデューサー業にも踏み出しました。東京のプロデューサーとの時間感覚や価値観の違いに葛藤があり、「これはもう自分でやるしかない」と腹を括りました。お金を集め、スケジュールを組み、子育てや介護と両立しながら、自分の現実にフィットする形で映画を作っていく。それが私のやり方になりました。

プロデューサーをやるというのは、クリエイターとはまったく違う「筋肉」を使う作業です。演出では極限まで突き詰めたい。でもプロデューサーは限られた予算内で「妥協」を選ぶ場面もある。まさに相反する仕事を一人で担ってきました。

だから私はよく「主婦感覚」に例えます。今日300円しかない。でも家族に美味しいご飯を食べさせたい。そうなったら、スーパーを回り、もやしと卵とニラで絶品料理を作るでしょう。映画制作もまさに同じで、限られた資源の中から最大限の価値を引き出す工夫と執念が必要なんです。

実際、ワールドツアーのように世界各国の映画祭を回る日々でも、私は脚本を書き、小説を書き、次の企画の準備を進めていました。休む暇なんて一切ない。それでも、「誰かがこれを見て、自分の生き方を見つけてくれたら」という思いだけでやってこれたのだと思います。

Q3. なぜ奈良という土地にこだわり続けるのですか?

奈良は、私にとって特別な場所です。春日大社の森、興福寺、東大寺、そして平城宮跡——これらはすべて、私が幼少期から遊び場として親しんできた場所。世界遺産が日常にある、そんな土地で育ったことが、私の創作の原点になっています。

「そんなことやりたいなら、東京に行かなきゃ」「奈良では文化は育たない」と何度も言われました。でも私は、ここに居続けることに意味があると思っています。養母の介護もありましたし、子育てもありました。移動できない制約の中で、自分の表現を模索する。その苦しさの中でこそ、見えてくるものがあります。

そして、ここでしか撮れない「光」があります。奈良の森の緑、朝の陽の光、鹿と共存する町並み。それはただの景色ではなく、1300年の時を超えて残ってきた「記憶」なのです。私はその記憶をフィルムに焼き付けることで、未来に渡すバトンを手渡しているのだと思います。

だから奈良に映画祭を立ち上げたのも、必然でした。世界の映画人をこの土地に招き、彼らに奈良の空気を感じてもらう。それは日本から世界に向けて、新しい文化発信をすることだと信じています。

Q4. 奈良国際映画祭を始めたきっかけと、その意義について教えてください。

2007年、平城遷都1300年を3年後に控え、「奈良から映画祭を始めたい」と動き始めました。文化庁ではなく、経済産業省の関西局に企画を持ち込み、直談判で立ち上げたのが「奈良国際映画祭」です。第一回の会期は2010年。世界中から若手映画監督を招き、彼らと市民とが直接出会える、まさに「祭り」のような空間をつくりました。

映画祭はブランディングの場でもあります。奈良の52段の階段に赤い絨毯を敷いてレッドカーペットにしたのもその一環です。上から下へ降りてくるという演出は、「神様を地上にお連れする」ことをイメージしました。カンヌのレッドカーペットのように、誰もがその場所に価値を見出すような空間にしたかったんです。

資金面では苦労が絶えません。市や県からの支援が議会の都合で突然ゼロになることもありました。それでも市民一人ひとりと対話し、支援企業を口説き、なんとか続けてきました。私が歩いてきた道のりは茨の道でしたが、それでも14年間継続してきたことが、私の誇りです。

今では全国から来場者が訪れ、若手クリエイターが奈良で世界と出会う場となりました。ここから新たな才能が羽ばたいていくこと、それが私の願いです。

Q5. 2025年大阪・関西万博でプロデュースする「Dialogue Theater」とは?

私が万博で手がけるパビリオンは、「Dialogue Theater」という名の“映画館”です。ただし、映像を一方的に観る場所ではありません。古い小学校の校舎を改築し、来場者と語り部が一期一会の対話を交わす、そんな参加型の空間です。

中心には、高さ10メートル以上あるイチョウの木を奈良から運び入れます。この木は、実際に子どもたちの声を聞いてきた校庭の記憶を持っています。その“記憶を移築する”という発想が、このパビリオンの核です。
会期後には、校舎も木もどこかの自治体へ寄贈し、未来へ繋ぐことを計画しています。一時的な展示ではなく、循環型のアートとして残していく。そのために、ランドスケープアーティストや建築家と共に、自然と共生する空間を丁寧に作っています。

また現在、「話者」も公募中です。選ばれた方は、私とワークショップを経て、実際に対話の舞台に立ってもらいます。クリエイターでなくても、誰もが表現者になれる。そんな包容力のある場をつくるのが、今回の試みです。

Q6. 河瀬さんがこれから育てたいもの、残したいものとは?

私はこれまで、「生きること」と「表現すること」を重ねて歩んできました。介護をし、子育てをしながら、プロデューサーとして資金を集め、クリエイターとして作品を生み出す。そんな日々を続ける中で感じたのは、「一人では限界がある」ということでした。

だから今、私は「共に歩む仲間」を育てたいと思っています。日本には、まだまだ文化を支えるプロデューサーやファンドレイザーが不足しています。映画やアートの価値は“売上”だけでは測れません。心の豊かさを育むものとして、それを支える人材や仕組みが必要なんです。

実際、アメリカのMoMAではファンドレイザーが数百人単位でいます。一方、日本ではそれを兼務する人が片手で足りるほど。だからこそ、私たちは新しい仕組みを作らなければなりません。 映画祭も万博も、ただのイベントではなく「育てる場」。次の世代が表現しやすい環境を残していく。それが、私がこれからやりたいこと。そしてそれが、私自身が映画から学び、生かされたことへの恩返しでもあるんです。

※本記事の内容は、動画からの抜粋・要約に基づいて作成されています。表現やニュアンスに一部差異が生じる可能性がございますので、正確な情報をご確認いただく際は、ぜひ本編動画をご視聴ください。

イベント概要

日時:2024年9月17日(火)18:30~19:45(受付開始 18:00)
会場:ホテル尾花1階「桜の間」(奈良県奈良市高畑町1110)
ゲスト:河瀨直美 監督(映画監督、大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー)
モデレーター:鈴木大輔(株式会社アートローグ 代表取締役CEO、Study:大阪関西国際芸術祭 総合プロデューサー)
参加費:1,000円(税込)
定員:先着40名様
主催:公益社団法人 2025年日本国際博覧会協会、大阪関西国際芸術祭実行委員会((株)アートローグ内)
問合せ先:info@artlogue.org(株式会社アートローグ・石垣)
※お問い合わせはすべて株式会社アートローグ宛にお願いいたします

プロフィール

河瀨直美(KAWASE Naomi)

奈良を拠点に映画を創り続ける映画作家。一貫した「リアリティ」の追求はドキュメンタリー、フィクションの域を越え、世界各国の映画祭で受賞多数。カンヌ国際映画祭では『萌の朱雀(97)』が史上最年少で「カメラ・ドール」、 『殯の森(07)』は「グランプリ」を受賞、ほか代表作に『2つ目の窓』『あん』『光』『朝が来る』など。
2010年「なら国際映画祭」を旗揚げ、東京オリンピック2020の公式記録映画総監督に就任、2021年よりユネスコ親善大使、2025年大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー兼シニアアドバイザーを務める。プライベートでは野菜やお米も作る。2025年公開予定の新作制作中。

「2025年大阪・関西万博シグネチャーパビリオン 河瀨直美館」
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鈴木大輔(SUZUKI Daisuke)

株式会社アートローグ 代表取締役CEO、Study:大阪関西国際芸術祭 総合プロデューサー。
1977年11月3日文化の日生まれ。大阪市立大学都市研究プラザのグローバルCOEに於ける研究プロジェクトを経て起業。2014年グッドデザイン賞受賞、2015年度京都大学GTEP プログラム(文科省)ファイナリスト、2016年ミライノピッチ(ビジネスコンテスト:総務省近畿総合通信局)においてグローバルイノベーションに値するOIH賞を受賞。2025年の大阪・関西万博を機に世界最大規模の「大阪関西国際芸術祭」を創出することを目指し、2022年より「Study:大阪関西国際芸術祭」を開催。

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